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第8回文化サロン 「森荘已池と宮沢賢治」 2005年8月18日

ゲストスピーカー:
森 三紗氏 
プロフィール
1943年盛岡市にまれる
盛岡一高を経て岩手大学学芸部
英語科卒業。岩手県内の高等学
校の教壇に立ち、平成16年に退職。
現在NHK文化センター盛岡の講座
「宮沢賢治の詩を読もう」の講師
宮沢賢治学会イーハトーブセンター
副代表
大学在学中より詩作を開始し「地球」
「火山弾」同人、日本現代詩人会、
日本詩人クラブ会員
主な著書
「私の目 今夜 龍の目」
「カシオペアの雫」
「文語詩の森」共著

森荘已池著「ふれあいの人々宮沢賢治」を手に語る森三紗氏



森三沙さんはたくさんの貴重な資料を提供して下さいました。



黒板にある
@は、戦後のGHQの指導で国語の教科書に載せる「雨にも負けず」のなかの「一日に玄米四合と・・・」とあるのは贅沢ではないかと、詩を書き換えられたこと
Aは、アメリカのメリーランド国立公文書館には占領下の国の出版物が8千点も収められていて、賢治の童話の「ありときのこ」に軍国的だと×がしてあるということ(軍国的ということは決してない)
 
森荘已池著山村食料記に、
昭和3年、農民の生活が逼迫していることを訴えた詩に山村の日々の食料が書かれていて、「一日、ひえ一合、麦五合、」などとある。


荘已池は賢治が亡くなってから十字屋書店版宮沢賢治全集の編集のため宮沢家に数ヶ月泊まって仕事をした。

そのときに家族から様々なことを聴き、「宮沢賢治氏聴書き」とノートを名づけて詳細に記録している。(昭和14年9月7日からとある)
それを筑摩書房版「宮沢賢治全集」月報に昭和43年から11回連載、また昭和49年津軽書房「宮沢賢治の肖像」にまとめている。宮沢賢治研究家には欠かせないものになっている。

賢治と森荘已池の出会いが無かったら賢治の人柄をここまで活きいきと伝えている「ふれあいの人々宮沢賢治」のような書物は世に出されなかった。
語り継ぐために長生きしてくださったと感謝したい気持ちだ。
また、天才石川啄木をはじめ時期を同じくして才能あふれる詩人、作家が何人も岩手に生まれたとは驚くべきことだ。夢のようなことだ。とあらためて感じた一日でした。
なお岩手県初の直木賞受賞者は森荘已池です。受賞作は「山畠」と「蛾と笹舟」の2作品です(昭和19年、第18回直木賞)
森三紗さんは森荘已池(そういち)さんの四女で詩人です。
20代の1年間、宮沢家にお世話になり宮沢家の宗教心が篤く、堅い暮らしぶりを知ったそうです。

詩集↓「カシオペアの雫」森三沙著
      熊谷印刷出版部発行

      
「ふれあいの人々宮沢賢治」↑
      熊谷印刷出版部発行

この文庫は朝日新聞岩手版に昭和55年から60年まで250回掲載されたものをまとめたもの。

三沙さんのご実家は惣門で野菜、果物を販売している森商店です。
元は江戸時代初期に近江から来て、竹雑貨屋を営んでいたそうです。加工販売や卸を行い、現在地から明治橋際までが店舗という盛岡でも有数の大きな店だったそうです。
明治初期に店が倒産し、莫大な借財を抱え、当時の当主は松前に逃げ、残った夫人が土地を売り払い借金を返済。残ったのはわずかな土地、そこで八百屋を開店して現在に至るとのことです。

森三沙さんのお父様、森佐一(本名)さんは盛中4年生の頃、北小路幻や青木凶次、畑幻人など様々なペンネームで小田島孤舟主宰の「曠野」に詩、短歌を投稿したり、新聞に文芸評論などを出していたそうです。
また岩手詩人協会を設立し、同人誌「貌」への投稿依頼の手紙を賢治に出し、それに応え惣門の八百屋の店頭に賢治が訪ねてきたそうです。昭和16年芥川賞の候補にもあがった小説「店頭(みせさき)」にもその様子が書かれています。
賢治は森佐一に「あなたが北小路幻なら尊敬します・・・・」という手紙をよこしています。
この時から二人の親交が始まりました。当時賢治は花巻農学校教諭で佐一とは10歳も離れていて、歯に衣着せぬ鋭敏な批評を岩手日報においてしていた佐一の年齢を不審に感じたようだったとのこと。

賢治は佐一を岩手山麓の散策に連れ出し、心象スケッチの様子を実際に見せ(「春谷暁臥」春と修羅第二集作品336、佐一という名が入っ詩になった)たり、洋食やどんぶり物などをご馳走したり、また森家に泊まったりとかなり親しく交流したそうです。

三沙さんは、二人の交流が死ぬまで続いたのは、お互いに長所も短所も認め合い尊敬しあっていたことと二人とも商家の跡とりであったことで分かり合えることがあったからではないかと語られました。
16ページほどの薄い冊子ですが、啄木の短歌の英訳、賢治の「雨ニモマケズ」の漢訳と英訳が載っています。

森荘已池制作
熊谷印刷出版部発行
、100円

宮沢賢治は、世界中で読まれていて反日デモがあった中国でも大変に売れているとのこと。
賢治の魂の告白である詩や童話の持つ国際性や環境問題、平和への祈りなどが、読み続けられている要因なのでしょうと語られました。

賢治の生き方は「無上道 不借身命」なのです・・・と。
様々なことをお話いただきありがとうございました。
今日はたくさんの賢治ファンや研究家の方が来て下さいました。

            (写真・記:小泉正美)