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第48回文化サロン 平成20年12月18日

「啄木と賢治の短歌」
ゲストスピーカー 望月 善次 氏 (盛岡大学 ・ 同短期大学部学長)
第48回文化サロンのポスター プロフィール
 望月善次氏は1942年山梨県生まれ。東京教育大学文学部 ・ 同大学院教育学研究科(修士課程)終了後、東京都立江戸川高校(定時制過程)を経て、岩手大学教育学部に勤務、同大教授(その間、同付属中学校長、学部長兼任)を歴任し、現在は同大名誉教授 ・ 特認教授であるとともに、盛岡大学 ・ 同短期大学部学長を勤めています。
 啄木や賢治の短歌を中心とした詩歌教育研究、国語科教師教育研究がご専門で、全国大学国語教育学会理事長 ・ 会長、国際啄木学会副会長、宮沢賢治学会イーハトーブセンター副代表理事などの要職をつとめました。
ゲストスピーカーの望月善次氏
啄木と賢治のどちらが好きですか?
啄木と賢治のどちらが好きですか?
 今回の文化サロンは、啄木と賢治両方の研究家で著作や学会等で活躍されている望月さんに、啄木短歌 ・ 賢治短歌の評釈をテーマに短歌を通してふたりの文学者の人間像を語っていただきました。
 啄木と賢治の両方が好きという人はあまりいないそうで、望月さんのようにどちらの学会員にもなっている人は珍しいとのこと。一般的にはどちらかというと賢治ファンが多く、子供たちは圧倒的賢治だそうです。会場の参加者も賢治に手を上げた人が多いようでした。



啄木と賢治への関心と活動や著作について
○石川啄木
  • 短歌創作に関心があり歌作に熱中し、ペンネーム「三木与志夫」で発表〔『われらすでに宇宙の中心にあらねど』(沖積社、1982)〕/『評伝 岡井隆』(不識書院 1984)。
  • 岩手県への赴任〔岩手大学教育学部(1979)〕を契機に関心のあった啄木研究を本格化。
  • 歌集に収録されなかった短歌への関心があり、この分析に力を入れ、これらを評釈して盛岡タイムスに2001年4月〜2005年1月までほぼ毎日連載(1337回)
  • 啄木研究三部作としての著書
    『啄木短歌の方法』(ジロー印刷企画、1997)
    『石川啄木歌集外短歌評釈』(信山社、2003)
    『啄木短歌の読み方〜歌集外短歌評釈―千首とともに』(信山社、2004)
    ★ この著作で平成16年第19回岩手日報文学賞啄木賞を受賞
○宮澤賢治
  • 敬遠の対象であまり近づかないようにしていた存在であったが、国語教育を通して関わる。(『実践国語研究〜宮澤賢治「やまなし」の教材研究と全授業記録』の編集
  • 宮沢賢治学会イーハトーブ ・ センター(発足1990)理事(副代表)
  • 宮澤賢治センター(岩手大学内)代表(2005〜2006)
  • 盛岡タイムスへ宮澤賢治短歌評釈連載(2005年4月〜2008年3月まで1050回)
    ★ 学会等への入会は、友人たちから専門家でない素人も必要と説得されて会員になり役員も引き受け、これを契機に真剣に取り組むようになった。
○啄木短歌 ・ 賢治短歌を対としてみると面白いのではと思い、この評釈を本年4月から盛岡タイムスに週3回連載中

★ 賢治と啄木を比べてみると、どちらかというと賢治はどこか暗く啄木は困難な状況でも希望があり明るい。賢治の暗さは性格の面もあり宗教の影響からもきている。生活上父親の影響(支援)を受けており支えた父親は偉い人だった。
 啄木の父親はお寺の住職だったがその地位を追われている。父親がお寺を投げ出すようなことにならなければ「啄木」は誕生しなかった。母親も常識に欠けた大変な人であった。世間的な常識を持った人でだったら「啄木」にはならなかったであろう。何が良い結果をもたらすか分からない。
熱心に聴く
熱心に聴く
対として啄木短歌と賢治短歌
 短歌は理解する上で音読が大事であることから、全員で繰り返し音読して評釈していただきました。本稿では評釈は一部の短歌とし、そのほかは短歌とその現代語訳のみを紹介します。

その1 冬来る(郷愁の冬と、地球の外から見た冬
(啄木) 旅の子の/ふるさとに来て眠るがに/げに静かにも冬の来しかな。 『一握の砂』
〔現代語訳〕 旅をした子供が故郷に帰って来て眠るように、本当に静かに冬が来たのですねぇ。
(賢治) わが住める/ほのぼの青ばみ/いそがしく/ひらめき燃えて/冬きたるらし。 「歌稿〔B〕」
〔現代語訳〕 私が住んでいる(この地球の)炎は青くなり、忙しく燃えて、冬が来たようですね。
〔評釈〕 啄木歌は、当初「歌稿ノート」に書かれたもので「冬は来ぬとたとえば遠き旅の子のふるさとに来て眠るごとくに」の形であった。推敲の跡もまさやかにして、「秋風のこころよさに」の末尾に置かれ、「編集巧者」啄木の腕も見せる。「静かにも」に掛かる「旅の子の/ふるさとに来て眠る」という短くない喩詞は、例のごとく啄木的手法。文芸的冴えと共に、「静かにも」に込められた話者の切なさも透けて見える。
 賢治歌は、なんと言っても、地球の外から地球を眺める話者の視線が印象的。この独特の視線は、当時の文学者にはないものであり、当時賢治作品が理解されなかった一因でもあろう。「いそがしく」の結合比喩性にも注目した。

その2 懐中時計〜この非日常的装置〜
(啄木) 庭石に/はたと時計をなげうてる/昔のわれの怒りいとしも 『一握の砂』
〔現代語訳〕 庭石に急に時計を投げ捨てた、あの昔の私の怒りが愛しくてたまらないのです。
(賢治) 父よ父よなどで舎監を前にしてかのとき銀の時計を捲きし 「歌稿〔B〕」
〔現代語訳〕 お父さん、お父さん、どうして舎監の前で、あの入寮面接の時、(金持ちであることを示すように)銀の時計(のネジ)を捲いたのですか。
〔評釈〕 啄木、賢治の時代には今日の日本社会のように時間の概念はなく、懐中時計 ・ 腕時計も庶民のものではなかった。啄木で言えば、釧路新聞の社長から貰った銀側時計はその12日後には質入れされ、その後時計を日常的に使用したことはない。木股知史などは抽出歌から「時間管理の社会への抗議」を読むが、評者などは演劇性を読んでしまう。
賢治歌には、小川達雄の父への同情説もあるが、父への抗議というのが素直な読みか。
会場の様子
会場の様子
その3 文学としての日記と幻の日記
(啄木) 浅草の凌雲閣のいただきに/腕くみし日の/長き日記(にき)かな 『一握の砂』
〔現代語訳〕 浅草の凌雲閣の最上階で、腕を組んだ日の長い日記のことよ。
(賢治) 六月の/十五日より雨ふると/日記につけんそれもおしろし 「歌集〔B〕」
〔現代語訳〕 六月十五日から雨が降ったと日記につけようと思いますが、そんなことにも恐ろしいような思いがあるのです。
・ 関連してのお話
 啄木の手紙や日記、作品には長いものものでも書き直しがない。賢治の作品には未定稿に手をいれて決定稿としたものがあるが、本人が良いと思ったのが本当に良いかどうか。「雨ニモマケズ」は没後メモを探し出して発表している。本人は世間に出すつもりはなかった。後世の人が読んでいると知ったら驚くであろう。本人が良いと思わず発表しないものに良い作品がある。本人の意思を必要以上に尊重する必要はない。

その4 初期歌
  生前最古作品の冒頭歌:難解な啄木歌と平易な賢治歌
(啄木) 人けふをなやみそのまゝ闇に入りぬ運命(さだめ)のみ手の呪はしの神 〔「秋草」、『爾伎多麻』九月号〕
〔現代語訳〕 人は、悩み(その悩みを解決できぬままに)闇に入ってしまいました。まるで、呪いの神の運命の手に支配されたかのように。
(賢治) み裾野は雲低く垂れすずらんの白き花さきはなち駒あり 「歌稿〔A〕」
〔現代語訳〕 (あの岩手山の)裾野は、雲が低く垂れ、スズランの白い花が咲き、放牧された馬たちもいるのです。

その5 爪:手を発見した啄木と魔を入れた賢治
(啄木) 何となく、/今朝は少しくわが心明るきごとし。/手の爪を切る。 『一握の砂』
〔現代語訳〕 何となく今朝は少し、心は明るいようです。手の爪を切りましょう。
(賢治) わが爪に魔物が入りてふりそそぎたる、月光むらさきにかがやき出でぬ。 「歌稿〔B〕」
〔現代語訳〕 私の爪に魔物が入って(月光が)降り注いでいます。ああ、月光は紫色に輝き出しました。
ビデオで説明
ビデオで説明
その6 比喩「〜のごとく」
(啄木) 誰が見ても/われをなつかしくなるごとき/長き手紙を書きたき夕 『一握の砂』
〔現代語訳〕 誰が見ても私をなつかしくなるような長い手紙を書いてみたい夕べなのです。
(賢治) この坂は霧のなかより/おほいなる/舌のごとくにあらわれにけり 「歌稿〔B〕」
〔現代語訳〕 この(神田)の坂は、霧の中から、大きな舌のように出現したのです。

その7 非共通歌 (結婚した啄木と結婚しなかった賢治)
(啄木) ひととこ、畳を見つめてありし間(ま)の/□その思ひを、/妻よ、語れといふか。 〔『悲しき玩具』164〕 ★□は一字あけ
〔現代語訳〕 畳の一か所を見つめていた間の、私の思いを、妻よ、あなたは、その一部始終を話せというのですか。

その8 非共通歌 (啄木になくて賢治に在るものは自然科学の知識)
(賢治) 日下りの/化学の部屋の十二人/イレキを/□□帯びし白金の雲 「歌稿〔B〕」 ★□は一字あけ
〔現代語訳〕 昼過ぎの科学実験室の私達十二人よ。(今、私の目前には)電気を帯びた雲状となった白金があるのです。

○以上に加えて望月さんが出演しているビデオで啄木と賢治のゆかりの場所 ・ 施設や歌碑などの解説もしていただきました。
また、望月さんが理事として企画を担当して11月下旬に開催された国際啄木学会インド大会に関連したお話もしていただきました。

 これまで文化サロンでは、啄木、賢治それぞれをテーマにして解説をしていただきましたが、今回は、どちらも研究されている望月さんをゲストスピーカーにお招きすることができました。ふたりを対比して解説していただいき啄木、賢治の理解を深める機会となりました。ありがとうございました。
(文:佐藤安彦 写真:熊谷正敏)