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 第35回文化サロン平成19年11月15日

「拝啓 啄木さま」
  ゲストスピーカー   山本 玲子氏 (財団法人石川啄木記念館学芸員)
プロフィール
 1957年八幡平市生まれ。
 東北福祉大学卒業後、岩手県立博物館を経て、平成2年1月1日より財団法人石川啄木記念館に勤務。平成3年4月より東北福祉大学兼任講師となられた。
 平成4年7月岩手日報学芸賞「随筆賞」、平成9年2月玉山村芸術文化賞、同年3月「NHK東北ふるさと賞」をそれぞれ受賞された。
 主な著書
『花と香りと女のくらし』、『啄木の妻・節子』、『啄木歌ごよみ』、『啄木と明治の盛岡』などがあります。
 
 今回の文化サロンは、1999年7月に出版された『拝啓 啄木さま』の改訂版(熊谷印刷)を出された山本玲子さんにいらしていただきました。
 この改訂版は、1996年4月から1999年5月まで玉山村の広報に連載された38編とその後の連載、2001年4月までの23篇を併せたものになっています。
 山本玲子さんは、「『拝啓 啄木さま』と書き始めると気負わないで啄木に語ること、語りかけることができます。啄木への一方的なラブレターですが、また読者の方々にも伝えたいことを書いたものでもあります。今、私が見る風景や人間模様を啄木はどのようにみていたかを紹介しています」と話されました。
   
 この文庫本の表紙は、とても上品な懐かし感じのする優しい色合いのベージュで、そこには拓本研究家の澤尻弘志さんの渋民尋常小学校の校舎、中扉には啄木一家が間借りをしていた 「斉藤家」の繊細なイラストがあります。
 その文庫本を手にしながらこの本は、お父様の命日にこだわって出されたことや最初に出したものには平成11年に亡くなられた「長兄に捧げる」と記したこと、またその3年後にもう一人のお兄様を病気で亡くされ、これらの思いが込められた『拝啓 啄木さま』であることなどを語られました。
この本に掲載されているラブレター数通をパソコンを持ち込まれて写真やイラストの映像とともにサロンにいらした皆さんに紹介してくださいました。
・スミレのこころ
「おまえは、日中の温かな日光に、心の限り浴したいから咲いているんだね」琢木の渋民日記に書かれたこの言葉にスミレの花を目にした山本さんは、小さきものやか弱きものに手を差し伸べる啄木の心を思います。
・高い木に強い風
琢木が代用教員をしていた頃宗教、政治、教育などの三方面から琢木を攻める人々がいたこと、、啄木の心労などを「渋民日記80日間の記」から読み、高い木には風は強く吹きあたるのを見て、秀でた琢木のことまた妬みの恐ろしさなどを思い、あなたの悲しい顔が忘れられませんと語りかけます。
・ハマナスの夢
 潮かをる北の浜辺の
 砂山のかの浜薔薇よ
 今年も咲けるや「一握の砂」

  啄木は函館の大森浜で友人と寝転んでいた時食べ残しの夏蜜柑を砂に埋めたことがあり「あのときは俺たちも若かった。南国育ちの夏蜜柑がわざわざ北海道まで来たんだ。だから温かい砂に埋めてやったんだ。せめて、砂の中で南国の暖かさを夢に見させてあげようと思ったのさ」と記しているそうです。
 山本さんはどうして啄木がそのようなことをしたのか不思議に思っていたそうですが、琢木記念館近くに咲くハマナスに顔を近づけると潮の香りがし波の音が聞えるような気がして、本来浜辺に育つハマナスは「海を夢見て咲いているんだな」と思い琢木のことが理解できたそうです。
 ハマナスは啄木が海を思い出す花だったんですね。
・女郎花の教え
琢木が下宿代を払えず金田一京助が本を売って払い、その後共に3階建ての蓋平別館へ引越し、京助から生活雑貨を購入するためにもらった5円で啄木はお茶や草履などの他、オミナエシを買い部屋に活けた(明治41年日誌)ことから、山本さんはお金がなくてもお花を買う琢木から、貧しくても夢や理想を持つことの大切さを教わったそうです。
蓋平別館と
3畳半の部屋から眺めた
琢木の描いた東京 
・夏休み では友人を個性豊かに東京案内する琢木へ私をどこに案内してくださいますかと話かけます。
・腕組みし日 
浅草の凌雲閣のいただきに 腕組みし日の 長き日記かな(一握の砂)から近代的な文明に接し、ときめいたであろう琢木を想像します。
・美術展覧会 その一、その二
啄木は和田三造の「煒燻」の前で釘付けになり「何といおうかこの猛烈な色をみていると何かしら崇厳な生活の圧迫が頭を圧する」と書いている(明治41年日誌)ことから山本さんは啄木の観賞眼の鋭さに驚き、また琢木が和田三造の中背のやせたあまり風采のあがらない姿を見た時感じた思いや「パンを食って書いたのは違います」という和田の発した言葉から受けたであろう琢木のさまざまな思いを汲み取ろうとされています。
 前回の文化サロンで日本色彩研究所理事長であった和田三造さんに触れたことを想い出しました。
 こうして61篇のなかの何篇かを紹介してくださいました。これはまさしく啄木へのラブレターですね。山本玲子さんが日々のできごとや風景などを、共に生きている琢木さんを通して見ていること『拝啓 琢木さま』と語りかけたラブレターからは、「啄木さんはこんな繊細で心優しい素敵な人だったのよ、皆さんもそんな啄木を知ってね」という声が聞えてくるようです。
 「この世にいない人へのラブレターですから返信はないのですが、琢木さんを知ることでたくさんのことを教わることができたそのことが琢木さんからの返信と受け止めています」と語られました。
←購入された皆さん一人ひとりに丁寧に ○○さまと書き、サインされる山本玲子さん
 これら『拝啓 琢木さま』と『琢木文学散歩』、『啄木に出会う旅』、『琢木賛歌』、『啄木のことば』などこの小さい文庫本には山本玲子さんの琢木さんへの思いがたくさん詰まっています。是非ご購入ください。
 常々山本玲子さんが、より多くの人に石川琢木を知っていただくために現代の生活に結びついたさまざまな普及活動をされていることを聞いておりました。
 これからも愛情溢れるラブレターを書き続けていただきたいと思っております。
 今日はお忙しい日程の中お越しくださりありがとうございました。        
                             (写真・記 小泉、映された山本さんの写真も使用しております)