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               第31回文化サロン      平成19年7月19日

    「虫のつぶやき聞こえたよ」
  ゲストスピーカー   澤口 たまみ氏 (エッセイスト)

ポスター プロフィール
1960年盛岡市に生まれる。
岩手大学農学部応用昆虫学を専攻、卒業後、岩手県立博物館に勤務され、その後岩手大学大学院農業研究科へ戻り、修士課程を修了。
1988年から、子どもたちを対象に自然観察会を続けられ、1990年には「虫のつぶやき聞こえたよ」(白水社刊)で第38回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞されてた。

主な著書
上記の他に「それぞれの賢治」、「わたしのあかちゃん」、「たまむし日記 虫のすむ家・雑草の庭」など。
澤口たまみさん
地域交流広場で語る澤口たまみさん  澤口さんは、子どもたちを対象にした自然観察会をながいこと続けられています。また子育て真っ最中というお母さん方に招かれてお話しすることが多く、よく「子どもは虫が好きですが、どうしたら虫が好きになれるでしょうか?」とたずねられるそうです。
 「ところで皆さんは虫が好きですか?」とサロンにいらした方々に問いかけられました。するとあまり好きではないと手を上げたのは私を含め、たった4名でした。
 「これでは虫を嫌わないで下さいという話はできませんね(笑い)こんなこと初めてですよ。ふつう6割は嫌いといいます。」
 盛岡大学短期大学部で5年前から50人づつ1年間に200人に講義されていて、アンケートをとった結果、虫が嫌いな人は各講座とも6割だったそうです。 
 実際に虫やカエルを教室に持っていくと悲鳴があがり、号泣してしまう生徒もいるそうです。保育園や幼稚園で本来虫が好きな子どもたちにとどう接するかを虫を観察し触ったりしながら学んでいくそうです。「毛虫に頬ずりができよるようになったら合格だから」と講義をされているとか。 
 昨日は紫波町の保育園に招かれ4歳児の子どもたちと川原を歩き虫の観察会をしたそうです。4歳児はむき出しで「いいの見つけたね」というと他の子がいきなりその虫を投げたり、とりっこになり泣いたりと大騒ぎ。そんななかヨシやススキの葉の先を丸めて産室をつくり,その中で産卵する毒グモ、カバキコマチグモの巣を見つけたので「可愛そうだけれどみてみようね。」と葉をひろげるとお腹の大きいまん丸な母グモが入っていたそうです。このクモはコマチ、子どもを待って、子グモが孵化しひとり立ちするまでそばでじっと見守っていて、子グモが孵化し脱皮すると自らの体を子グモの栄養に差出すそうです。そんなことを子どもに説明して「これから卵産むのに開けてしまってかわいそうなことしてしまったね。でもがんばって産んでくれると思うよ。元気な赤ちゃん生まれるといいね。」と言うと4歳児の子達がいっせいに声をそろえて「元気な赤ちゃん産んでねー」と3回も言い、「私も引率の先生方もほろっとする様な場面があったんです。」と話された。4歳児の感性は素晴らしい。毒グモと知ってもなんの垣根はなく素直に思ったことを表現して、引率した先生方は「子どもたちは今日のことはきっと忘れないと思います。」と言って下さったそうです。
 子どもは虫が100%好きなんです。生まれてきてしばらくすると目の前で動くものに好奇心を持ち関心をよせるので嫌いという気持ちはないはずなのです。それなのにお母さんが虫を「嫌ね」と言ったり悲鳴をあげたりしたら、せっかくの子どもの好奇心や感性が育たないのではと話された。
※このあたりでは毒グモはこの夜行性のカバキコマチグモだけだそうです。夜の川原は気をつけたほうがいいそうです。
澤口たまみさん嫌いなわけをアンケートしたら3種類に分けられるとのことです。
1.とにかく嫌い 
2.トラウマ系  「幼稚園の時トンボを追いかけていたら頭がもげてしまった。もげたのに飛んでいった。」 「毛虫を投げつけられた。」「虫が私を追いかけてくるような気がする。」などなど、わけがあって嫌いになった。
3.なんとなく  虫を嫌がるほうが女らしいかと12歳ぐらいから錯覚。皆が悲鳴をあげるので自分もあげてみたら虫が怖くなって嫌いになった。
と答えた人達は、小さい時は虫と遊んでいて嫌いではなかったので嫌いになった理由を分析していけばじきに嫌ではないとわかるそうです。

 「短大生には虫を手にのせて携帯で写真をとるように言いましたら嫌いな子も最期は全員がなんとか撮りました。
 見たり触ったりしていないと嫌いという気持ちだけが膨らんでしまう。実際にそっと掌にのせてみて観察すると「なんでこんな小さなものが怖かったんだろう、なんで悲鳴なんかあげたのだろう」と不思議になってくるものですよ。とにこやかに語られる澤口さんからは、虫への愛があふれてくるようでした。
とにかく嫌いという人、嫌いな理由がわからないということは物心つく前に嫌いになっていたことで、虫嫌いの大人たちに虫は怖いと小さい時に刷り込まれたといえるそうです。
笑顔がこぼれる聴講の皆さん 澤口さんは子供の頃からカマキリの卵が好きで見つけると枝ごとランドセルにしのばせて家に持ち込んでいたそうです。お母様は、けっして嫌がらなかったとか。春がくるとカマキリが毎年たくさん生まれてくるのを目の当たりにし、そこから生きていくのに一番大切なものを教わったと思っているそうです。
 あの卵の塊には、150〜200ほど入っていてカマキリは平均して生涯7個ほどの塊を産むそうです。1匹のカマキリのおかあさんが、1000個以上の卵を産むということはどういうことか、目の前で繰り広げられる光景、生まれたらすぐに共食いしたり自然の中に飛び出したとたん他の虫に食べられたり、アリに連れて行かれたりとどんどん死んでいく。虫のなかでも大きいほうのカマキリでさえも生きることは厳しいということを、1000個の卵のうち5匹ぐらいしか大人になれないことを小学校2年生頃にカマキリを観察することでおぼろげに感じていたそうです。生きたくても生きられない命があることを知り、私って恵まれているのだ、生きているだけでいいんだなと思え、それが力になっていったそうです。 子どもたちがいじめられたり、嫌なことがあり死んでしまいたいと思う時、思うこととほんとうに死んでしまうことの間には大きな溝があるはずなのに今の子どもたちが簡単に飛び超えてしまうのは、自然界の生きものとの触れ合いが減っているからと思うことがあるそうです。
 ご自身の子どもの時代の虫を通しての体験やご自分のお子さんと生きものを通してのまざまな体験などを語られて、虫をとおして子どもたちに伝えたいことは、「死ぬな」ということです。「生きているということはそれだけですばらしいことだから、何があっても生きることをあきらめてはいけないんだよ。」ということです。虫はそのことを伝えるメッセンジャーなので虫を嫌いになることは、もしかしたらその子が生命力というものを掴み取るチャンスを奪ってしまうことにもなりかねないと思うのですと話された。お母さんである澤口さんの説得力に納得。
エッセイ「たまむし日記」 澤口たまみ氏著その他、虫の生態について解説してくださった。
・トンボは頭がもげても何故飛べるのか。司令塔は脳だけにあるのではなく胸やお腹に数箇所あるので頭が無くても飛ぶことはできる。
・虫は口で呼吸しているのではなく体に数箇所ある穴でしているので頭がもげても呼吸できないわけではない。
・カマキリのメスはオスを交尾中に食べるというのは誤解で、目が見えず動くものが前をよこぎっただけで鎌が伸びるのはセットでとりあえず齧るのでそう思われている。
・蜂は何も人間を攻撃したくてするのではなく動くものを攻撃するだけなこと。
・きれいなのがチョウでそうでないのが蛾ではなくチョウよりきれいな蛾もあること。

 それぞれの虫にはそれぞれの生きていくための事情があるので先入観を捨てて自由な感性で自然界のものとつきあったら、もっと色々なものが見えてくるのではないかということです。

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サロンにいらした方からの質問に応えて
・どうして女王蜂になるのか?
 蜂の生態について詳しく解説してくださいました(省略)
・我が家には、ルールがあって外から入ってきた虫は無傷のまま外にだすことになっているが、虫の種類によって素直だったり疑い深かったり、呑み込みが悪かったりと性格がさまざまにあるような気がするんですが、たまみさんも科学を超えたところで言葉が通じるなと感じたことがありますか?
 そればっかりです。科学的には証明されているわけではないですが掌にケムシをのせて、歩かないので「来てごらん」という気持ちになるとほんとうに歩いて来るんです。気持ちは通じると思います。
 澤口たまみさんは、他にも虫とのさまざまなコミュニケーションや体験談を話してくださいました。
 私は昔から虫嫌いですが、楽しいお話を伺いながら子どもの頃、兄がポケットにさまざまな虫を入れてきて母に叱られていたのを想いだし、「うーん、私の虫嫌いはそんなところからかな」と思ったりしました。想いだしてみれば兄と蓑虫を探したり、原っぱの水溜りにおたまじゃくしを見つけに行ったり、赤とんぼを追いかけたりと確かに楽しく虫と遊んでいました。
 自然界との触れ合いの大切さ、子どもが自由に遊べる原っぱの大切さ、周囲の大人の言動が子どもの自由な感性を伸ばす芽を摘んでしまうことがあることなど等、考えさせていただきました。
 「嫌いだ嫌だ」ではなく、好きなものに囲まれて生きることのほうがずうっと素晴らしいということも教えていただきました。大変に楽しいお話をたくさん、ありがとうございました。            (写真・記:小泉)