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文化サロン
第30回
記念イベント
どんど晴れって何?(講演会タイトル) サンセール盛岡

平成19年6月21日
司会の川村龍雄氏
司会:川村 龍雄氏
(フリーアナウンサー)
ゲストスピ^カー3氏

本日のゲストスピーカーのお三方 
左から本堂 寛氏、中谷 眞也氏、松本 源蔵氏
佐野代表理事
開会の挨拶をする
ISN 佐野代表理事
   
演題 「わたしの盛岡ものがたり」 松本 源蔵氏(岩手県芸術文化協会会長)

たくさんの聴講者左から

松本源蔵さんの昔話を聴きながら懐かしい思いに浸る皆さん
松本源蔵さん

長身で粋な容姿の
松本 源蔵さん
 松本源蔵氏は、大正15年生まれ、盛岡工業高等学校の機械科を卒業、昭和25年に「カメラのキクヤ」を創業された。以後盛岡青年会議所理事長、岩手県写真連盟会長、同名誉会長、盛岡家庭裁判所調停委員などを勤められ、現在は岩手県芸術文化協会会長をされています。平成元年に岩手県教育表彰、平成5年に地域文化功労賞文部大臣表彰、平成8年には勲五等瑞宝章を受章されています。
 松本氏は、「兵隊に入った時は、方言を隠そうとした。東京生まれかと聞かれたこともあるほどになったが、いざ帰ってきたらすぐ戻ってしまった。これが方言なんですね。」と始められた。
 「杜稜中学に盛岡弁の話をしてほしいと言われて行ったが、生徒たちは盛岡弁は全くといっていいほどわかりませんでした。皆きょとんとした疑心暗鬼の顔をしているんです。それで爺さんや婆さんと暮らしているのは何人かと聞いたら二人だけでその子たちはいくらかわかるが、あとの37、8名は全くわからないんですね。たとえば『えさけぇえれ』は『家さ帰れ』と書き、『こっくらまっくら』を『小さい暗い真っ暗』と書いてあげるとわかったので教える時は書いて教えるといいかなと思いました。」と話されました。
 昭和8年仁王小学校に入学、その後の高等科と合わせて8年間のできごとを120話にまとめて『わたしの盛岡』という本を平成13年に出されたそうです。本日は101話から120話の中から抜粋して昔話をしてくださいました。
 方言だけでなく、ペーソスあふれ思わず笑いが出てしまう語りや盛岡の生活ぶり、旧町名や味のデパートなど昔のお店などもでてきて聴講している皆さんもそれぞれの懐かしい故郷に戻ったような柔和な表情をされていました。
    
演題  「盛岡弁で読む宮澤賢治さんの『紫紺染めについて』『雨ニモマケズ』」
                            中谷 眞也氏(盛岡弁語り部)
中谷眞也さん
聴講者 聴講者
 中谷眞也氏は、昭和4年八幡町に生まれ、78年間同じ所にお住まいだそうです。宮沢賢治の母校旧制盛岡中学、旧制盛岡高等農林を卒業し、その後40年間岩手県職員を務め、農政部長を最後に退職されてからは農業信用基金協会の会長、現在は大日本農会岩手支会の会長、岩手県友会の会長もなさっています。かたわら盛岡弁の調査研究伝承活動をし盛岡弁で遊ぶ会主宰、もりおかことば学会代表世話人、盛岡弁を楽しむ会の顧問をされています。
 中谷氏は宮澤賢治の作品で共通語で書かれている『紫紺染めについて』を「おそれ多いことですが」と前置きされて、盛岡弁で朗読されました。また知らない人はいない『雨ニモマケズ』も味わい深く盛岡弁で朗読されました。
 最後に中谷氏は「私は生まれ育った文化を大事にすることは自分自身を大事にすることだと思いながら盛岡弁を大事にしているわけです。言葉は人と人と結びつきや関わりのおおもとです。村も町もそれぞれの話し言葉、方言があって成り立ってきました。つまり各地の方言は地域社会の成り立ちの根本なのです。しかしこの貴重な言葉文化は、あと10ほど、昭和一ケタの私どもが亡くなれば消滅してしまうかもしれません。聴けばわかる人がいても話せる人がいなくなることは消滅すると等しいことです。各地の方言は貴重な伝統的文化遺産としてもっともっと大事にされなければいけないと思っています。皆さんもこの機会にご理解を深めていただければ幸いです。」と語られました。
    
演題 「岩手方言の語源探索」 本堂 寛氏(盛岡弁〈もりおかことば〉学会会長・元青山学院大学教授)  
本堂寛氏 聴講者右から
 本堂寛氏は、文化サロンの第一回のゲストスピーカーをしてくださいました。プロフィールはそちらからどうぞ。
方言の語源を語る本堂氏

昔話の終わりに言われる
「どんど晴れって何?」について
探索開始
「どんどとは?」
 お正月のどんど祭、どんど焼きと関係あるという説もあるとのこと。
大言海という日本で最初の大辞典を作った一関の国語学者大槻文彦氏によれば火の燃えるさま「どんどん」、民俗学者の折口信夫氏によれば「尊い火の『尊い』」、柳田国男氏は疫病神を払うために村とか家の入り口などから遠い場所の「遠戸、とうと」だろうと解説しているとのことです。
「晴れとは?」
 「祓い」と考えられ「尊く祓う」という説が多いそうだ。
「祓い」の語源はというと辞書には「晴れ合い」で「心が晴れてお互いに楽しくなること」とあり、NHKの朝のドラマは、紆余曲折して波があるが、きっと最後は、お互いに晴れ合うのでしょうと話された。
 言葉のルーツ、語源は結局これだと断言できないもので、自分なりの語源を持つのもいいとのことです。
 方言は母の言葉、こんなに温かい意味がありこんな歴史を持っているのだと各自が再確認してみると楽しいもので、また大事にしたいという気持ちにもなるでしょう。と語られた。
 本日の第30回文化サロンに、180名もの方がお越しくださいました。盛岡の方言に愛着を持ち、生粋の盛岡弁を聴きたい方が多いことを再認識させられました。お話を聴かれている皆さんからは笑顔がこぼれ、とても楽しそうに頷いていらしたのが印象的でした。

 予定よりいらしてくださった方が多かったため資料が無くなってしまい、追加コピーするためにお待たせした方には、心よりお詫び申し上げます。

 また今回、『街もりおか』をわざわざ「皆さんへ」とたくさん持ってきて下さいました街もりおか編集長の斎藤五郎 さんにお礼を申し上げます。

   (写真:庄司夏郎さん・吉田龍平さん 記:小泉)
どんど晴れって何?講演会会場