現在の位置:ホーム >文化サロン >第二回文化サロン

  
第二回文化サロン 「田山暦にみる江戸時代の人々の暮らし」2005年2月24日

ゲストスピーカー:工藤紘一氏    
       
  


工藤 紘一氏

プロフィール
昭和17年生まれ。
昭和39年国学院大学文学部史学科卒業
その後、社会科教員として岩手県内5高校
に勤務
岩手県立博物館へは開館準備を含め2度、
14年間勤務、民族分野担当
平成14年定年退職
暦研究家                 

編著書
『南部絵暦』岩手県立博物館
『いちのへのオシラサマ』一戸教育委員会
『遠野むかしばなし』第1集〜第4集熊谷印刷
『岩手県北地方の漆蝋』一戸町教育委員会
『漆ー漆掻きに生きる職人のくらし』共著
  日本うるし掻き技術保存会


こちらは平成16年1月に
熊谷印刷から発行


 
江戸時代には暦が普及し全国各地で発行されました。
これは、1年間の毎日がどんな日かが書かれた本暦というものです。
江戸時代を代表する暦は伊勢暦です。
暦が各地で発行されたとはいえ、地方色を出した暦はありません。
寒い地方であろうと温暖な地域であろうと、内容を変えることを幕府は禁じ、時まで支配していました。

「めくら暦」は田山暦と盛岡暦の2種類があります。
今は「めくら」という言葉は差別用語とされて絵暦とか南部暦とかいわれていますが、あえて私は「めくら暦」と呼びたいです。歴史があるのですから。
その暦は、当時、飢饉の被害からより多くの農民を救う手だてとして考えられ、ここ岩手、郷土の人だけが作ったという独創的なものなのです。
その頃、字が読めないのは全国的にもあたりまえ、それでも他の地域では作られなかったのです。
世界にひとつしかないのです。
素晴らしことだと思いませんか?
と熱く語られました。
田山暦は、伊勢暦を模した折本型で一折に1ヶ月が当てられています。
現岩手郡安代町田山の田山善八という人が伊勢暦を農民が理解しやすいように絵で書いて略歴にしたものです。末裔の八幡家には幕末期の伊勢暦がかなり残っていて、伊勢神宮の御師が年毎に田山を訪れて伊勢暦を置いていったというこがわかります。


岩手県立博物館蔵・有形民族文化財(コピー)現存する最古のもの(天明3年・1783年)


田山暦については、具体的に絵解きをしながらのお話があり、あっという間の二時間でした。

はじめにその年の歳徳神のいる方角(あき)木を切ってはいけない方角、嫁をとってはいけない方角など四角の絵で表し、月毎には節分(鬼の絵)やお彼岸(団子)土用(○)入梅(梅の絵)稲刈り(鎌)寒の入り(つらら)などなど、絵をといていくのは、楽しいものでした。
工藤先生のお話を聞いて暦をあらためて見てみたいと思った方もいたのではないでしょうか。
                                                 
(写真・記:小泉正美)