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 第25回文化サロン      2007年 1月18日(木)

「宮沢賢治の『春』と『修羅』
ゲストスピーカー    遊座 昭吾氏
                 (元国際啄木学会会長)
・プロフィール
1927(昭和2)年、石川啄木ゆかりの万年山宝徳寺に生まれる。
法政大学文学部日本文学科卒。岩手日報記者、盛岡第一高校など県内高校教諭から、盛岡大学教授となる。
盛岡大学教授時代に岩城之徳氏と国際啄木学会を興し、第二代会長に就任。現在は同学会理事として活躍されている。
・主な著書
『啄木と渋民』、『啄木秀歌』(昭和63年度岩手日報文学賞・啄木賞を受賞)、『啄木と賢治』
至文堂の『国文学解釈と観賞』(特集宮沢賢治童話の再検討・生誕百十年記念)に「虔十公園林ー宮沢賢治とジャン・ジオノ」を発表。
 本日の文化サロンは、日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹さんの著書、中間子理論の着想を得るまでのことを述べている『旅人』の話から始まりました。
 その中で湯川秀樹は、一途に勉強した時代を懐かしみ、我執の強い孤独な少年であったと回想しているそうです。
 はたして賢治はどのような生徒だったのでしょうか。
・盛岡中学時代の宮沢賢治
 成績票の備考欄に、1年〜5年生共に怜悧とあり、その他に2年生の時は狡獪、3年4年は文才ありとも記述されているそうです。
 1年生の賢治はカナヅチを持ち歩き鉱物、植物採集、標本作りに熱中。
 2年生の時は、土井晩翠の七五調の「星落秋風五丈原」を暗誦したらしい。また明治43年12月に石川啄木の『一握の砂』が刊行され、その影響か短歌創作を開始。3年生の時は哲学書を耽読。4年生の時に舎監排斥運動をし退寮、清養院(曹洞宗)に下宿。5年生の時に徳玄寺に移る。また願教寺島地大等の法話を聞く。報恩寺で座禅をし剃髪。トルストイやツルゲーネフを耽読。
 そんな宮沢賢治の中学時代を友人の阿部孝は、随想「ばら色のばら」で「『春』と『修羅』も、もとから賢治の好きなことばであった。あのころの賢治は、その『春』と『修羅』との、二律背反の中を、のたうちまわっていたのである。」、「後年における、彼の異常なる自省、自嘲、自虐の精神は、すでに、このころから彼の中に、すくすくと芽生えていたともいえる」と記している。また、賢治の後輩の深沢省三は月刊「絵本」に「菊池君と賢治ー二人の結晶」と題し、不器用で誠実な賢治の様々なエピソードと、賢治の人柄を信じ賢治の詩を愛していた賢治の友人菊池武雄さんのことなどを書いている。 
       『春』と『修羅』

いかりのにがさまた青さ 
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ

      雲はちぎれてそらをとぶ
     ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
・賢治のキーワードは『春』と『修羅』
 この詩には天・地・人を表現した言葉がある。、気層(天)、ひかりの底(地)、唾し、はぎしりゆききする(人)。賢治は、自分の中の『春』と『修羅』に早くから気づき、救われ生かされる道を死ぬまで求め続けていたといえるのではないだろうか。
・セロ弾きのゴーシュは、セロが上手ではない、むしろ下手だ。もくもくと練習し最後は見事に輝く。
・よだかは醜い、名を捨てなければ殺すと言われる。死を間近にして初めて自分も殺生をしていたことに気づく。自虐し自省し最後はすべてから解放され救われることを願い星となり輝く。
・虔十は、でくのぼうのように生き、ただただ木を植え続ける。
人生の中でたった一つの願い「杉の苗を買ってほしい」と親に頼み、たった一回の逆らいの言葉「木は伐らない」と言い。その後周囲の土地は売られて風景は変貌したが唯一のかたみ「虔十公園林」が残り今、子ども等が遊びまわっている。 遊座先生は、虔十に賢治は自分を重ねていたのではないだろうかと話された。
・ジャン・ジオノの『木を植えた人』と『虔十公園林』との類似
『木を植えた人』は1954年に米ヴォーグ誌に掲載されたもので、以降10を超える国で翻訳出版されている。
高地アルプス山脈・プロヴァンスの荒れ地に、約40年にわたって毎日100個のドングリを植え、山全体を緑にした老人の話であり、無利無欲を貫き通して神にふさわしい仕事を成し遂げた学問もない羊飼いは、まるで虔十のようであり、あまりに似かよっている作品なのでジャン・ジオノは、賢治の童話『虔十公園林』を読んでいたのかと思えるほどだと話された。
 遊座先生が賢治を語り賢治の詩や童話を読み上げる時の流れるような美声に感動したのは私だけではなかったと思います。
 先生が熱く語られた本日のサロン、いつもなら終了後すぐに席を立つ皆さんが、しばらく立ち上がれないでいました。それは先生の「賢治の言葉」や「賢治の生涯」を読み解く深い思いに打たれたのだと思います。

遊座先生のお話に耳を傾けながら自分の中の賢治さんへの思いに浸っているようでした。  

←詩人の森三紗さんもいらしていました。
 今も戦いの止まない世界、ほんとうの幸いを求めつづけ「言葉に残した」賢治さんの大切な形見を世界中の人に読んでもらいたいと心から思います。 本日は心に残るお話をありがとうございました。 (写真・記 小泉)