現在の位置:ホーム >文化サロン >第10回文化サロン

第10回文化サロン   2005年10月20日
「人生2倍に生きる〜森鴎外・吉野俊彦などの生きかたに学ぶ〜」
   
    ゲストスピーカー:宮 健氏


大変穏やかな話かたの宮健さん
ロフィール
1933年雫石に生まれる
盛岡一高、早稲田大学商学部卒業後、岩手銀行に入行。経営相談所長、上田支店長、中ノ橋支店長を歴任
退職後日東捕鯨(現デルマール梶j常務取締役を経て1993年宮経営コンサルタント事務所設立

現在盛岡商工会議所街づくり商業特別委員会委員・岩手県商工会連合会エキスパートバンク登録相談員・岩手県生活衛生営業指導センター顧問・社団法人中小企業診断協会岩手県支部長・岩手県立大学宮古短期大学非常勤講師・岩手ケーブルテレビ「宮健のなんでも相談」企画・出演(1995年から現在)


主な著書
1970年「経営分析実務」
1980年「カキクケコ経営」
1994年「おはこ人生」
1999年「宮健のズバリ寸評」


 
 親交のあった岩手放送の福田常雄さんからいただいた、赤レンガの岩銀中の橋支店の絵を披露されながら福田さんに「二人分生きなきゃ損だよね」といわれたことを話された。
 福田さんは退職した後、カナダに長期滞在し「六十路からの旅立ち」を出版、「60歳を超えてからが本当の生き方だ」と加齢評論家として生きられたそうです。



←こちらは
宮さん特製の作家年表
 
様々な小説家の生没の年代を一目で比較でき、関連性などを見つけ出すのに役立つ

赤字は何でしょうか?
宮さんが調べている何かなのでしょうね。

2001年「いわて流通の先駆者たち」
メイク(現ホーマック)、スーパーマルイチ、キャメルマートなどの創業者に直接取材、岩手の企業家の先進的な取り組みがわかる

2005年「昭和の一心太助ものがたり」
大通りに鮮魚店「一心太助」を開店し、敗戦後シベリヤに抑留された体験を持つ中野崎寅吉氏の一代記
どちらも熊谷印刷から出版されています。
 若い頃には朝日新聞の学芸部長扇谷正造さんからいろいろと教わったそうです。著書「この後に続く者へ」
ビジネスマンとして成功するには@情勢の変化に対応できる人間になれA問題意識を持った生き方をしろB他人の痛みのわかる人間になれ
 
 宮健さんは、岩手銀行在職中の昭和45年37歳の時に「経営分析実務」、昭和50年岩手銀行上田支店長の時に「かきくけこ経営」を出版されました。


 昭和61年53歳で日東捕鯨に出向となり、監査役の傍ら、本を出版した経験をかわれ社史の編纂をたのまれたそうです。
 その後岩手銀行を定年退職し、日東捕鯨の常務取締役を務め、平成5年退任。経営コンサルタント事務所を設立。
 平成6年には「おはこ人生」を出版。「おはこ」の「お」とは「思いやり」、「は」は「反省」、「こ」は「向上心」だそうです。
 
 還暦になった時に「経営コンサルタントとして15年がんばろう!たった一度の人生をふたり分生きよう!」と思われたそうです。
 ふたり分の人生を生きた人に関心を持ち調べ学ばれたとのこと。
 
森鴎外の生きかたに学ぶ
陸軍省医務局長(軍医の最高位)にまでなった鴎外は、文豪といわれるほどの作家でもあった。  

吉野俊彦の生き方に学ぶ
日本銀行調査局長となり山一證券経済研究所理事長となったエコノミストで日銀在職中から鴎外研究の第一人者であり著書多数。
 
 他にも日銀マンで俳人の金子兜太、銀行員でシンガーソングライターであった小椋佳、官僚で貴族院書記官であり民俗学を確立した柳田国男、企業家で小説家の堤清二、小説家で政治家の石原慎太郎、小説家で得度し天台寺の住職になった瀬戸内寂聴などふたり分以上も生きている方々の人生を語ってくださいました。

 
    宮健さんの座右の銘

 時間が足りないほど山盛りのお話で今日だけは、他人の分まで何倍も生きた気分にさせていただきました。
 「問題意識を持ちながら日々、充実した生き方をしていると必要なものが不思議と降りてくるのです」と語られた宮健さんに、私もたくさん学ばせていただきました。

一人分も全うできないわが身を反省しながら・・・。
       (写真・記:小泉正美)